2006年07月03日

七夕と月と星 

moon7









◆伝統的七夕

…それは上弦近い月があってはじめて成り立つ行事。
本来、七夕は旧暦7月7日の行事です。
月の満ち欠けを基準とする旧暦では
7日の月は上弦の月。
旧暦7月7日には上弦の月
ちょうど天の川の西側に横たわります。
これを織女が向こう岸に渡るための
渡し舟に見立てることもあるようです。

「月は星星の王」と古代インドで称えられましたが
星のお祭月の話を加えつつ「七夕」について調べてみました。

今の7月7日と旧暦7月7日(今年は7月31日)では
織姫星・彦星(牽牛星)の高度がまったく違います。
旧暦7月7日でしたら、宵の空に織姫星・彦星(牽牛星)を含む「夏の大三角形」
(アルタイルを頂点とするきれいな二等辺三角形ができ
その中を天の川が流れる)が天頂に昇っているので天の川もよく見えます。
そして必ず上弦前後の月が出ています。
この月が正しい七夕の脇役です。
天の川を東から西へと渡っていく月が二人の渡し船という設定になっています。
ですから七夕は、満月と同じく月齢 に合わせた旧暦で行うべき行事で
本来の七夕は旧暦の7月7日が正しい七夕だそうです。
七夕はもともと約1ヶ月遅れた旧暦の7月7日に行われたものなので
今の7月7日では2つの星とも東の空に低い上
梅雨も重なって見づらくなってしまっています。

984f212a

●改暦
七夕の行われる日時は7月7日。
但しこの7月7日の日付は、現在の太陽暦ではなくて太陰太陽暦(旧暦)と言う
月の運行を基にする暦の上での日にちでおおよそ江戸時代までのお話でした。 
明治になり太陰太陽暦からグレゴリオ暦へと改暦され
太陽の運行を基準とする太陽暦を使うようになり
旧暦を使う行事が混乱を始めました。
太陽暦は太陽の運行を基準とするので
月を基準とする太陰太陽暦と比べて1〜2ヶ月早く日付が来てしまうのです。
江戸時代までに行われてきた行事を新暦(グレゴリオ太陽暦)で行ってしまうと
季節感が合わないのです。
例えば旧暦七夕(7/7)を単純に現行太陽暦の7月7日としてしまうと
星の行事を梅雨の最中に行う事になってしまい雨ばかりで星など見えません。

そこで民間では新暦7/7日を単純に1月遅れさせて
(月遅れ)という方法を採ったのです。
七夕は一月遅らせて、太陽暦の8月7日に行うようになりました。
ただ、この方法ですと季節感は旧暦と似かよりますが月齢が合わなくなります。
旧暦では月の運行に合わせて暦を作っていますので
7日と言えば月齢がほぼ7(上弦の月)なのです。
太陽暦ですと月齢が幾つに成るかわからなくなり
7月7日は満月の月明かりで
星が大変見にくくなる日にちにあたってしまう時もあります。
 

●お盆
七夕はお盆前の先祖を迎えるための禊(みそぎ)の意味もあります。
従って七夕はお盆の日付に連動する事が多いようです。
お盆は旧暦の7月15日に行われておりました。
現在都会ではお盆を新暦の7月15日にしますが
地方では月遅れの8月15日が一般的。
七夕も都会では新暦7月7日に行われるのが主流ですが
東北、北陸地方などでは月遅れの8月7日が多く
代表するのが有名な仙台七夕まつりです。
お盆の月遅れは夏期休暇の習慣にも合い
8月15日で先祖も帰ってくるときなので
帰省に丁度よく利用され、七夕はお盆前の禊であるので
連動して8月7日の月遅れになったという考え方もあるでしょう。

●月遅れの謎
七夕はキュウリやナスや麦の収穫を祝う性格がありますので
新暦ですとまだなり始めの頃。
七夕の行事はある意味収穫祭なので季節が合わない。
川にものを流す「鐘楼流し」や「ねぶた祭り」も七夕の変形なのですが
新暦の7月7日に水に入るよりも8月7日に水に入った方が良いですね。
これも季節です。
もう1つは、太陽暦への改暦が強引であったため
それまで太陰太陽暦で行っていた行事をどうするか討議しなかったので
その日取りの扱いが日本中バラバラになってしまったのです。

権力に近い都会は新暦で行事を、地方は昔ながらの
太陰太陽暦を使った事が今に尾を引いています。
しかし旧暦は素人には計算できないので
(確か65000年ぐらいで周期を採ります)
旧暦七夕を平均すると、大体、太陽暦の月遅れ8月7日が丁度好い。
何より7月を8月にずらすだけなので分かりやすいからです。

従って七夕は「新暦7/7」「新暦8/7」「旧暦7/7」の3種の日にちがあります。
地方により異なりますのでご注意下さい。
因みに公的にはグレゴリオ暦しか認められていないので
七夕はいつですか?と単純に聞かれたら「新暦7/7」と答えるしかないでしょうが…

77img










■七夕の話

七夕は、現在の私たちの間では
”星祭り”として定着しています。
離れ離れにされてしまった牽牛(彦星/鷲座のアルタイル)と
織女(織姫/琴座のヴェガ)が年に一度
天の川を渡って逢瀬をする日。
けれど雨が降ると天の川が溢れて逢えない。
悲恋の恋人たちの夜です。

日本ではこの日には笹竹を飾り
それに様々な色紙を切った飾りや短冊を吊るします。
この時、短冊に願い事を書くと叶えられると言います。
ですがこの現在の一般的なイメージは全国的に習合・イベント化されたもので
昔ながらの各地域ごとの”七夕”からすればかなり簡略化したものです。
更に、本家中国、お隣韓国を見ていくと又違った「七夕」を見ることも出来ます。

そもそも、七夕とはどんな祭りなのでしょうか。
中国の伝承、日本・韓国の風習を見て行くと
星だけではなく水に深く関わる祭だということがわかります。
では、七夕は本来、水の祭なのでしょうか。
ところがルーツを見ていくとまた別の面が現れても来るのです。
 

◆七夕のルーツ1「乞巧奠」
七夕のルーツは、中国の乞巧奠(きっこうでん)という
古い行事にあると言われています。
中国の六世紀の書物『荊楚歳時記』によると
七月七日を牽牛と織女が逢う晩とし
この日、夕方になると女たちは五色の糸を七本の針に通したそうです。
この針は金や銀、真鍮で作られることもあります。
そして庭に机や敷物を出し、その上に酒や干し肉、瓜や菓子を並べ供えて
裁縫の腕の上達を願いました。
この時、蜘蛛が供え物の瓜の上に網をかければ
願いが聞き届けられたとしたそうです。
笹竹も短冊も出てきませんし、願い事も何でも叶うと言うわけではなく
縫いものが上達するということになっています。
織女に対して願う、女性たちの祭りのようです。
 

◆七夕のルーツ2「棚機」
七夕は七月七日の夜に行われる行事です。
ですから”七夕”と書くのは解るのですが(本来は中国の言葉です)
これをどうして日本では”しちせき”ではなく”たなばた”と読むのでしょうか。

日本には、中国から乞巧奠が伝えられるより以前から
”たなばた”に類する習慣が存在していました。
”たなばた”は棚機」と書きます。これは機織り機のことです。
機織り機は棚状の構造になっているのでこう呼ばれていました。
また機を織る女、乙棚機(おとたなばた)または棚機女(たなばたつめ)のことを
略して棚機ということもあります。
棚機女は巫女でした。つまり、神の妻です。
彼女は年ごとに村の中から選ばれ、一人
人里から隔離(聖別)された建物の中で夫たる神をその衣を織りながら待ちます。
訪れた夫神は、彼女(村)に”豊穣”を授け
代わりに穢れを持って立ち去るのでした。
 

足玉も手玉もゆらに織る機を 君が御衣(みけし)に縫いあへむかも
(万葉集)

  
日本の棚機女の座す機屋の側には必ず河か池か海か、水がありました。
これは、生命の水の根源的なイメージです。
あるいは、異界と現界を隔てる水…
水の彼方から神が寄り来るという信仰でもあったでしょうか。
なお、機屋は多くの場合、水の上に板を掛け渡した懸造に作られていたとされ
渡した板…「”棚”の上で機を織る女」という意味で棚機女というとの説もあります。
棚は神棚や盆棚と同じく神霊への供物を載せるための台なのですが
水(境界)に渡した板…すなわち棚橋(欄干のない板の橋)、異界(神霊)と
現界(人)の橋渡しをするもの、という意味もあるかと思っています。
 

天の川 棚橋渡せ 織女(たなばた)のい渡らさむに 棚橋渡せ
(万葉集)

◆七夕のルーツ3「お盆」
ベトナムでは満月ごとに民間信仰的な行事が行われているようで
七月の満月を「カップルの月」と呼び
七夕によく似た伝承が伝わっているそうです。

実は、満月に合わせて行事を行うのは日本でも同様で
満月に魂祭り(正月、盆)を設定し、その前の半月の日を
魂祭りの期間に入る”神ごとの日”と定めていました。
例えば1月7日には七草粥を食べますが、これは小正月(陰暦1月15日)の前
その期間に入る日という意味合いでした。七日正月と言います。
同様に7月7日も七日盆と言って、十五日のお盆まで一続きの
祖霊を迎える期間の始まりの日、という意味があったのです。
逆に言うと、日本の七夕はお盆期間中に行えばよいもので
必ずしも”七日”に行うものではなかったようです。
実際、地域によっては六日だったり八日だったり、数日がかりだったり
7月1日から七日の期間中に雨が降ると
彦星と織姫が逢えないと言う地域もあります。

sasa_b











◆星の世界

中国では、七夕伝説は星合伝説と言うそうです。
(日本でも、古く”星合い”と呼んでいたようです。) 
織女と牽牛という星座名の記述は春秋時代の書物からあるそうですが
現代のラブロマンスの形が整えられたのは漢代ごろだろうといわれています。
ただし、昔”牽牛”と書かれていたのは二十八宿の牛宿
(山羊座の頭の部分辺り)のことで
現代の牽牛三星は”河鼓”という星座名で呼ばれていたようです。

しかし何故これらの星に
琴座のべガ、鷲座のアルタイルが選ばれたのでしょう?

一説によれば、現在の北極星が北極星となる以前には
琴座のヴェガこそが北極星だったからだ、といいます。
天の中心たる星は世界の中心たる世界樹と結び付けて考えられ
世界樹の化身たる女神、織女になった…と。
牽牛星の方は、天の川を挟んで織女星と対応する星…
ということで選ばれた「等」といいますが、真意のほどはわかりません。

織り姫星と彦星は、それぞれ0等星のべガ(こと座)と
1等星のアルタイル(わし座)です。
この二つの星とはくちょう座(北十字星)のデネブを合わせれば夏の大三角
そこで気になるのが2人の距離。
2人は約15光年(光が届くのに15年)…
なんと地球と太陽の距離の1億倍も離れています。
しかしこんなに遠くにいる2人は果たしてどのように出会うのでしょうか?

旧暦の7日ということは、月齢7…つまり上弦の月
上弦とは新月から満月に向かうちょうど真ん中の月で
夕方に見えるほうの半月( 朝方に見える半月は下弦 )です。
上弦の名前の由来は、月を弓に見立てた呼び方です。
沈むとき( 日が変わるころ )にその弓の弦が上を向いているのです。
その月を舟に見立て、上弦の月の笹の舟に乗り
彦星と織り姫は年に一度会いに行くことができる。
・・・下弦の月だったら落ちてしまいますから(笑)

また、昔の人は桶などに水をためて星空を映したと言います。
すると風で水面がゆれて二つの星が近づいて見えるそうです。
きれいな星空だったあかしですね。
 

○牽牛と織女の星空のロマン
夕涼みがてら、あるいは山や高原の宿の泊まった時など
夏の夜空を見上げると美しい銀河が北から南へ
頭上を東寄りに流れているのが見えます。
それに沿う星座の中で目に付くのが、青白光を放つこと座のα星のベガです。
日本では織女星、織り姫星と呼ばれ
七夕のロマンを添える星としてよく知られています。
このベガと夏の天の川をはさんで東南に相対して
ひときわ明るく輝くのが、わし座のα星のアルタイル織女と対をなす牽牛
日本人には彦星の名で親しまれている1等星です。
この星は急速に自転していることが著しい特徴で
占星術では災いを起こす星とみられています。
このアルタイルとはくちょう座のデネブ、ベガの3つの星がつくるのが
有名な「夏の三角形」です。

夏の大三角
七夕の星「ベガ星(織姫星)」「アルタイル星(牽牛星)」を探すには
夏の夜空に見える「夏の大三角」という3つの一等星を目印に探すと良いでしょう。
夏の大三角「こと座のベガ星」「わし座のアルタイル星」「はくちょう座のデネブ星」
3つの星を線で繋いでできるとても大きな三角形を言います。

dai



















こうした星座のロマンに魅せられ、夏の夜空をじっくり観察するひととき。
星占いは女性の専売特許のようですが、星座に遥かなロマンを感じるのは
男性の特性なのかもしれません。
下駄履き、浴衣掛け、うちわを片手に夏の夜空をじっくり仰ぎ
宇宙の神秘に魅せられるのに、かっこうの季節です。

0_0_0_0_0_0_0_0_0_0_0_0_icon_moonsilver

 関連記事

「伝統的七夕の夜空」

http://lamoon.doorblog.jp/archives/51652305.html 

「伝統的七夕(旧暦の七夕)」 

http://lamoon.doorblog.jp/archives/51325796.html 


☆ Sara's About blog 『月彩 Tsukisai...*』  
   「七夕の節句」  宜しかったらこちらもあわせてご覧下さい。

moonl_s


 「月で遊ぶ」
オーソドックスな月見もいいが月をただ座して見るだけではもったいない。
もっとアクティブに楽しもう。
月の国の末裔としてもっともっといろんな月とのつき合いかた
新しい遊びかたを考えてみよう。
月で遊ぶ

 「星を見よう!」
第1章 暮らしに星を!
(天秤棒と釣り針を星空に/北斗七星はわかる/星空を航海する北斗七星ほか)
第2章 二一世紀・星と暮らした人びととの出会い
(星は絶対狂わねえ/東京湾にも満天の星がひろがっていた/神戸で星と生きる)
第3章 ひとりひとりの星物語を!(七夕を語る/北極星を語る)
星を見よう!

 「はい、こちら国立天文台」
宿題を抱える子供の相談からワケありの人達の珍問奇問まで
年間一万件を超える天文台への問い合わせ。
真摯に対応する広報マンの奮闘を描く。
見えない相手とのやり取りに様々なドラマが見えてくる。
夜空に関するウンチクも満載。

はい、こちら国立天文台



blogram投票ボタン 人気ブログランキング【ブログの殿堂】 くる天 人気ブログランキング


月時館 Tsukijikan* 
† 月の神秘と魅力に惹かれ月と戯むる †


Facebookページ


ソーシャルメディアアイコンメーカー
facebooktwitterrss



 
Posted by sara1116 at 10:10│Comments(5)clip!About Moon


この記事へのコメント
はじめまして。
前から、こちらのサイトが大好きで、読ませていただいてました。
先程、読者に登録させてもらいました。
私は、知識はないけど、月が大好きです。
とても、勉強になり、また、癒されています。
これからも、楽しみにしています。
Posted by 魔子 at 2006年07月04日 21:03
はじめまして。
魔子さん、読者登録ありがとうございます。
とても嬉しくこれからの励みになります。
月に魅かれてこのようなブログをたちあげていますが
正直私も、天文学的・専門的な知識がある訳ではなく
調べながら、記事にしながら、そこで初めて少しずつ知っていく…
そんな感覚なのです^^;
なんとなく月を想う…そんな気分の時
月夜の散歩感覚で気軽に読んで頂けたら嬉しいです。
魔子さんのブログ拝見しましたが
写真と言葉、感性、雰囲気…かなり惹かれました♪
Posted by 沙羅 at 2006年07月06日 00:31
沙羅さん、コメントのお返事ありがとうございます。
実は「月彩」も大好きです。
古来からの言葉・慣わし・・日本にはいいモノがいっぱいあることを
沙羅さんの「月彩」で、改めて感じるコトができるからです。
両方とも、本当に大好きなサイトです。
好き過ぎて、リンクできませんが、
私のつぶやきブログにも来て下さって、
ありがとうございました。
月を穏やかに想って、眠れる夜はシアワセですね〜。
Posted by 魔子 at 2006年07月17日 21:29
東北北海道では8月7日に七夕をする地域も多いですが、その代表に仙台の七夕祭りをあげるのは根拠になりません。
仙台の七夕祭りは昭和2年に商店街活性化のために始められた歴史の浅い祭りです。
開催を8月にしたのは、紙製の七夕飾りが汚くなるので雨の多い梅雨を避けるという商業的な理由です。
古来からの伝統とはまったく関係ありません。
むしろ有名になった仙台の七夕祭りが8月なので、後からそれにあわせたケースのほうが多いと思われます。

日本最古七夕伝説発祥の地大阪交野市の七夕祭りはあくまで暦どおりの7月7日です。
しかも交野市の盆は月遅れですから、盆と七夕に関係ないことは明らかです。
季節感を重視する余り検証抜きの我田引水論法になってませんか。
Posted by あいこ at 2009年05月15日 13:07
あいこさん
ご指摘、ありがとうございました。

仙台七夕まつり公式サイト
http://www.sendaitanabata.com/などでは
歴史の深い、仙台七夕として紹介されています。
「七夕」という庶民の風習は「七夕祭り」という
昼間の商店街で行われるイベントへ転換したのですね。
古来からの伝統を受け継ぐ祭りというより
月遅れ(8月6日・7日・8日)に開催している七夕祭りとして
紹介させていただきました。
七夕行事には幾つか流れがあり、星祭りに関するものの他
盆行事に関わる禊や農耕儀礼的な要素があり複雑です。

七月(または八月)六日の夕方、もしくは七日に
真菰(まこも:イネ科の多年草)で作る一対の馬や牛のことを七夕馬(たなばたうま)
というらしいのですが
茄子や胡瓜などを仏前に供え、七夕の行事が終わると川に流したり
屋根にのせたりするところから、この名前で呼ばれるようになりました。
この日は七日盆でもあるので、先祖故人の霊をこの馬に乗せて迎えるという考えから
精霊馬とも呼ぶそうです。
盆には茄子やきゅうりなどで牛や馬を作り祖霊迎えをするならわしは
全国的にみられますが、七夕馬も元来は先祖を迎える乗り物として設けていたものが、
七夕行事と習合したと考えられています。
こうしてみると、盆と七夕の関係はひと続きの行事として理解することができます。
盆が先祖祭の意味合いが強くなったのに対し、七夕の方は
星祭的な意味合が濃くなっていったものと思われます。
Posted by 沙羅 at 2009年05月15日 23:50